どこから労働時間?社労士が解説する定義とグレーゾーン判断
どこから労働時間?社労士が解説する定義とグレーゾーン判断
こんにちは。国分寺で社会保険労務士を営んでいる岡本です
今回は労働時間をテーマに記事を書きたいと思います。
労務管理のスタートにして心臓部である労働時間管理、あらためて労働時間とは?と問われてしっかりと答えられるでしょうか。労働時間の定義から管理の注意点、グレーゾーンの判断例などを参考にしてください。
労働時間の定義
●法律上の条文と原則
労働基準法第32条では、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない」「一週間について各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」と定められています。
しかし、条文上には「労働時間とは何か」という直接的な定義規定は置かれていません。という話を昨日ちょうど受けた研修で聞いたのでここは丸々真似します(笑)
●最高裁が示した「客観的基準」
では労働時間の定義とは何をもって定められているのでしょうか。これは裁判例で示されています。三菱重工業長崎造船所事件の本判決において、最高裁は労働時間について次のように明確な規範を示しました。
「労働基準法三二条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」
この判示から導き出される重要な法理は以下の2点です。
・指揮命令下にあるかどうか
作業を実際にしている時間(実作業時間)だけでなく、使用者の指示や拘束を受け、自由に利用することができない状態にある時間は、原則として労働時間とみなされます。
例えば電話番をしていて、電話がないときは自由にしていてよい(スマホゲームも可)だとしても、電話が鳴ったらすぐに出なければいけないという使用者からの指揮命令を受けている状態は労働時間にあたると考えられます。
・客観的評価の原則(実質判断)
規範の後段「労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」については、会社で労働時間のローカルルールを定めていたとしてもそれによらず「実態から客観的に判断される」ことになります。
就業規則に「始業開始前の朝礼時間は労働時間に含めない」と記載されていても、実態として使用者の指揮命令下に置かれていれば労働時間であると判断されます。
労働時間管理の注意点
企業が労働時間を管理するにあたり、押さえておくべき法定義務と実務上の落とし穴がいくつか存在します。
●客観的な方法による労働時間の把握義務
2019年の働き方改革関連法の施行により、労働安全衛生法第66条の8の3が新設されました。これにより、事業者は「労働者の健康管理の観点から、客観的な方法その他の適切な方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない」と法律上義務付けられています。
厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、原則として以下のいずれかの方法により、労働時間を客観的に把握・記録することが求められています。
・使用者が自ら現認して確認し、適正に記録すること
・タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録(ログ)等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること
ちなみに、労働時間は1分単位で記録するものとされています。15分単位での切り捨てなどはできず、逆に秒までは求められません。
●打刻時間とPCログとの乖離
労働基準監督署の調査では、以前にも増して労働時間について細かく見られるようになりました。多くの会社がクラウド勤怠システムなどで労働時間の把握を行っているところですが、勤怠打刻の時間とPCログとの時間乖離が1時間以上ある日が複数あるなどの場合は、意図的に早く打刻を打ってサービス残業を行わせているのではないかと疑われるケースが多くなっています。ただし注意してほしいのが「労働基準監督官の言い分が正解ではない」ということです。労働時間は使用者の指揮命令下にあるか否かによって客観的に決まるのであって必ずしもPCログの時間であるわけではありません。PCログとの乖離について会社から主張すべきことがあるのであればしっかりと伝えましょう。業務終了後に私用でPCを使っていたなどの可能性も考えられます。
とはいえ、ホワイトカラーの仕事についてはPCログが最も客観的で信用できる数字であることも事実なので、指導の現場では勤怠データよりもPCログや入退室ログが重要視されています。
●「黙示の指示」による労働時間
労働時間の定義から、逆に「会社が指揮命令を行っていないのに勝手に働いていた」場合は労働時間ではないと主張できる場合があります。
この場合に注意すべきなのが「黙示の指示(黙示の指揮命令)」という概念です。
「所定労働時間内では到底処理しきれない過大な業務量を課している」
「期限が厳格に定められており、残業をしなければ納期に間に合わない」
上記のような場合で、会社が「許可のない残業は禁止で、今回は残業は認めない」とした場合でも、実態として残業をしないと終わらないようなケースで持ち帰り残業が発生した場合などは、形式的に残業禁止としているに過ぎず、実態として残業指示があった。と考えられこのような場合は「黙示の指示」があったと評価されます。
●管理監督者の時間把握義務
労働基準法第41条第2号に定める「監督若しくは管理の地位にある者(管理監督者)」については、同法の労働時間、休憩、休日に関する規定が適用されません。しかし、前述した労働安全衛生法第66条の8の3に基づく「労働時間の状況の把握義務」は、管理監督者にも適用されます。
管理監督者であっても、健康管理のために労働時間の把握は必要になります。月80時間を超えるような過重労働を行っていれば、医師による面接指導の対象となります。会社には健康配慮義務・安全配慮義務があるため、「管理職だからタイムカードを押させなくてよい」という認識は誤りです。また、深夜労働における割増賃金は管理監督者であっても支払い義務があるため賃金計算上も労働時間の記録が必要となります。
労働時間とされるものされないものの例(判断が難しいもの)
実務上、最もトラブルに発展しやすく判断に迷う「グレーゾーン」の時間について、判例や行政通達に照らし合わせて整理します。グレーゾーンにあたるため、今回の例がそのままどの会社にも当てはまるとは限りません。自社の他の状況なども踏まえて総合的に判断してください。
●着替え(更衣)・保護具等の装着時間
工場での作業着やクリーンルーム用の特殊ウェア、制服への着替え、安全靴・保護具の着用時間はどう扱われるべきでしょうか。
・労働時間に該当する場合
就業規則や作業心得等で制服・保護具の着用が義務付けられており、かつ「社内の所定の更衣室等で着替えることが義務付けられている(または事実上強制されている)」場合。
・労働時間に該当しない場合
自宅から制服を着用して通勤することが認められている場合や、オフィスカジュアル等で私服のまま業務を開始できる場合など、事業場内での着替えが義務付けられておらず、労働者の自由な選択に委ねられている場合。
●朝礼・清掃・ラジオ体操・勉強会
始業時刻前の朝礼やオフィス清掃、自主的とされる勉強会は、企業の「強制力」の度合いによって判断が分かれます。
・労働時間に該当する場合
参加が義務付けられている場合は当然ながら労働時間です。
表向きは「自由参加」「任意」とされていても、欠席すると人事評価でマイナス査定を受ける、不利益な取り扱いを示唆される、あるいは全員参加が暗黙の了解(同調圧力等)となっており事実上の強制とみなされる場合は、指揮命令下にあると判断され、労働時間に該当します。
・労働時間に該当しない場合
完全に自由参加であり、不参加であっても人事考課や賃金、業務上の取り扱いにおいて一切の不利益が生じないことが客観的に証明できる場合。
余談になりますが、前職の社労士法人では社労士資格受験のための対策講座を会社役員が講師となって行ってくれていました。有料級のセミナーです!
このケースの場合は完全に自由参加で評価には影響がありませんでした。社労士資格の取得は推奨こそされていましたが取らなくても何か言われることもなかったため労働時間に該当しないと評価できるでしょう。
ただ、参加者が少ないと講師が拗ねて講座が開けれなくなるということがあったとかなかったとか…
●手待時間・仮眠時間
ビルメンテナンスや警備業、介護施設等の夜勤における「仮眠時間」や、飲食店のアイドルタイムなどの「手待時間」は、拘束性の強さが論点となります。
この点に関して基準を示したのが、大星ビル管理事件です。
最高裁は、ビル管理業務の夜間仮眠時間について、仮眠時間中に警報が鳴った場合や電話がかかってきた場合には直ちに対応することが義務付けられていた実態を指摘し、以下のように判示しました。
「労働者が実作業に従事していない仮眠時間であっても、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、使用者の指揮命令下に置かれているものであって、労働時間に当たるというべきである」
・労働時間とされる基準
仮眠をとっていても、電話対応やトラブル発生時の出動義務があり、「労働からの完全な解放」が保障されていない状態であれば、仮眠時間であっても全額の賃金(深夜割増含む)が発生する労働時間となります。
・労働時間とされない基準
仮眠時間中に一切の業務対応義務がなく、外出すら自由であり、トラブル時は他の担当者が対応するなど、完全に労働から解放されている場合は「休憩時間」として取り扱うことができます。
寝てるのに労働時間!?と思われると思いますが、使用者の指揮命令下であると判断されれば寝ていても労働時間であると示されています。
●出張に伴う移動時間
営業担当者の遠方への出張移動や、新幹線・飛行機に乗っている時間は実務上判断がとても難しい項目です。
・原則(労働時間とされない)
判例(日本火災海上保険事件等)および行政通達(昭和33年2月13日基発第90号)において、出張旅行中の移動時間は、目的地へ移動するための拘束を受けつつも、その間は読書や睡眠など「行動が労働者の自由に委ねられている」ことから、原則として労働時間には該当しないと解されています。したがって、休日に移動したとしても、原則として休日労働割増賃金の対象にはなりません。
・例外(労働時間に該当する場合)
移動中に物品・現金の監視や運搬それ自体が指示されている場合(貴金属の運搬、商品サンプルの安全な護送義務など)。
移動中にノートPC等で資料作成やメール対応を行うよう上司から具体的な指示が出されており、車中泊や移動中に実作業を行っている場合。
判断がとても難しいのが、労働時間の管理が可能な上司との同伴出張です。上司と同伴でも移動時間が自由利用できれば労働時間とされないことになりますが、どうしても仕事の話をしてしまいがちなので、労働時間としない場合は座席を話して予約するなどの工夫をしましょう。
●持ち帰り残業・自宅でのチャットやメール確認
テレワークの普及やスマートフォンの業務利用が進んだことで急増しているのが、勤務時間外の連絡対応です。
終業後に上司からのチャットツール(Slack、Teams、LINE等)やメールに対して返信を義務付けている場合や、急な呼び出しに備えて自宅待機(オンコール)を命じている場合、その拘束性の程度(対応頻度、即応性の要求度、場所的拘束の有無)によっては指揮命令下にあると評価され、労働時間と判断されるリスクが高まっています。
持ち帰り残業についても、会社が把握していなかったと主張しても、前述の「黙示の指示」が認められれば未払い残業代の請求対象となります。
まとめ
労働時間の判断基準について、最高裁の基本原則と実務上の重要ポイントを解説してきました。
本質的なポイントをまとめると、以下の3点に集約されます。
「実作業時間」だけが労働時間ではない
準備、着替え、手待時間、後片付けなど、業務に不可欠で拘束されている時間は客観的に労働時間とみなされます。
「合意」や「規定」より「実態」が優先される
契約書や就業規則に「更衣時間は含めない」「自由参加」と書いてあっても、実態として義務付けや同調圧力があれば無効と判断されます。
「指示していない」という言い逃れは通用しない
業務量過多や放置による「黙示の指示」も指揮命令とみなされ、客観的記録(PCログ等)との乖離は企業側の重大な労務リスクとなります。
企業が取るべき対策は、机上の就業規則を整備することだけではありません。現場で実際にどのような作業が行われ、始業前・終業後にどのような時間が費やされているのかを正確に把握し、不要な拘束を排除すること、そして客観的なログ管理体制を構築することです。
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